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Bad Commuication


「ふぅ。なぜ俺がこんなことを」
「この軟弱者がっ!俺はレース中に足を引っ張られるのはゴメンだっ」
「誰が足をひっぱっているって?」
「貴様以外に誰がいるっ―――!」
 ヴェサリウスの本拠地郊外にあるとあるスポーツジム。肩にタオルを掛けたイザークがベンチに腰を掛けて床を見つめているアスランを指差した。指の先、いや爪の先まで力の篭った動きに銀髪から細かい水滴が飛び散る。
「結局、一人でトレーニングするのが寂しいんですよね」
 ニコルの呆れたつぶやきはどうやら隣に居るディアッカに向けられたものらしい。ジムにいるのはイザークとアスランだけではなかった。ディアッカもニコルもミゲルも各自一番楽だと思われるトレーニングをしていた。1セット終わって汗を拭くアスランに目を留めたイザークの大音声で、皆が一斉に動きを止めたのだ。
「お前達も誰がサボって言いと言ったあっ!アデスを見ろっ」
 壁側のランニングマシンでアデスが肉のついたおなかをゆっさゆっさ揺らしながらベルトの上を走っている。出向とは言え彼も立派なクルーの一員である。同じくプラントから出向の身であるミゲルがディアッカを小突く。
「そう言えば昨日遅くまで電気系いじってたんじゃないか?あいつ2時間くらいしか寝てないだろ」
顎で指し示した先にいるのは、イザークに絡まれてウンザリしているアスラン。
「負けず嫌いってのもここまで来るとなんと言うか」
 嫌なら付き合う必要はないのに、『腰抜け』だの『軟弱者』だと暴言を吐かれて結局、いつも、メカニックのはずのアスランもトレーニングをする羽目になっている。しかし、一番の被害をこうむっているのは、勿論、二人以外のヴェサリウスのクルーである。


 第5戦のオノゴロサーキットはテクニカルサーキットの部類に入るだろう。嫌な位置に配置されたシケイン、微妙にRの変わる低速コーナーに微妙な長さのストレート。イザークに言わせればそれは中途半端なサーキットになるらしいが、彼はそれでも根気よくセッティングを詰めていた。
「足回りは固めだ」
「ニコル、ゲージ。240PTまで落として」
「なぜ、落すっ!」
とは言ってもイザークの思い通りになっているわけではない。
「アスラン。データ来たぜ。コース上の気温は32度。路面は40度越えるかも・・・今36度だし」
「耐熱クッションダンパーかまして・・・・・・200PTで」
「人の話を聞けっ!」
「急げ、時間がない。天気はっ」
「イザーク、もうちょっと涼しいパイロットスーツに変えるか?」
少しだけ憐憫の目をしてディアッカが聞いた。赤道より少し下がったソロモン諸島にあるオノゴロサーキットは、モルゲン・オーブの本拠地でもあった。現在のモルゲン・オーブのマシンカラーが白地に青だから、ギャラリーの多くが青い服を着て、青い旗を振っている。
 レースは中盤から荒れに荒れた。高温と多湿気に加えてスコールが容赦なくマシンとドライバーを襲った。ヴェサリウスのマシンは完走はできたが、結果は惨敗だった。上位チームでもリタイアが続く中で完走8台中の4位と言うのは結果だけを見ればポイントも獲得できて問題ないのかも知れない。しかし、プラントやモルゲン・オーブと言ったトップチームは確実にヴェサリウスよりも高いポイントを稼いでいたのだ。
 ミゲルの機転もあってタイヤチョイスも問題なかったし、マシン調整もオイル選択にもミスはなかったはずだ。それなのに、ヴェサリウスのマシンが4位以上になることはなかった。
 エンジンのパワーだろうか。多少強引なところもなったが、スコールの中で視界が悪いのは当り前だし、イザークのドライビングにミスはない。
 少ないパッシングポイントで仕掛け、捕まえられそうで逃げられる。単純にパスする時間が足りない。そんな展開だった。スコール後のピットインのタイミングでかち合ったキラとのテールトゥノーズが最たるものだ。
「とりあえず、汚れや雨水が付着しないコーティング剤とか考えてみよう」
 纏まらない思考は途方もないことを思いつく。アスランは今回の敗因を特定できずに、サーキットから引き上げた後もずっと考え込んでいた。


 ヴェサリウス・プラントの本拠地は巨大複合企業体プラントの幾つかある技術都市の片隅にあって、僅かながら現地スタッフもいる。表向きはプライベートチームとなっているが、実態はプラントのセカンドチームで、プラント内に立ち上がった別プロジェクトとして最低限の予算取りはされている。
「新エンジンの投入延期が決定らしいです。プラント側のシャーシー開発が遅れているって向こうのディレクターから」
連絡を受けたニコルがテストマシンから降りるディアッカに告げた。
「てことはこのニューマシンはジブラルタルで使えねえってこと?」
「そうです」
一人表情を変えなかったのはアスランだけで。
「それがどうした。エンジンごときでうろたえるな」
コースに入るイザークが早速一喝かます。正ドライバーがテストドライバーもこなすどころか、クルー全員がテストドライバーになるヴェサリウスの人手不足もここに極まれりである。ディアッカの前はアスランが、その前はニコルがステアリングを握っていて、テストマシンの走行データを抜き出しているのもアデスだったりする。
「決めた」
「何を?」
「イザークの言うとおりだ。エンジンじゃない。GAT-X102を作り直す」
「今からか!・・・間に合うわけないだろうっ」
イザークの絶叫を背中で受けてヴェサリウスのマシン・デザイナーは風洞実験ラボに篭ってしまった。新エンジン用に新しく設計したニューマシンを現行エンジン用に今からリファインする気らしい。
「間に合うも何も・・・間に合わせちゃうよ絶対、あいつ」
肩を竦めるクルーは、これからの徹夜を覚悟した。


 予算外のマシン製作にヴェサリウスの台所は火の車であったのだが、突貫製作で作成したマシンは、GAT-X102/Dという新しいシリアルを与えられて第6戦にデビューした。全長全高はレギュレーションに厳密に定められているから見た目はそれ程変わりはなくても。
 今、コース上を走るマシンの正式名は。
 GAT-X102 Duel
 その名にふさわしい、一騎打ちを制すために生み出された戦闘マシンだった。
「フロント・ローがイザークとキラの組み合わせだなんて」
「初めてじゃないか?」
 ―――――そのヴェサリウスですが、ニューマシンが投入されています
 ―――――新エンジンまでのつなぎでしょうか、レポーター?
 昨年度ドライバーズチャンピオンを抱えるモルゲン・オーブのスタッフに囲まれて、マシンに乗り込んだキラを取材クルーは伺うことができない。替わりにヴェサリウスでは恒例の怒鳴り合いが少ないクルーの間からバレバレだった。
「誰が頼んだっ」
「視界不良で死にたいのかっ」
「どうしてそうなるっ!今までの十分だと言っている。貴様はデュエルの心配でもしていろっ!」
「そっちは問題ない」
 ―――――何の言い争いをしているのか分かりますか?
 ―――――ちょっと分からないですね。まあ、きっと対したことでな・・・・・・
 と、周囲にどよめきが起こった。あろうことか言い争いをしていたチーフ・メカニックがマシンのノーズに馬乗りになり、いやマシンに乗ってはいないだろうが、コックピットに収まったイザークと向き合ってそのヘルメットを抱き込んでいる。ように見える。
「アスラン。ちょっと・・・」
慌ててニコルが手をばたつかせるが、彼はヘルメットのバイザーを交換してコンと拳で小突いた。勝ち誇った表情にクルーからため息が出る。
 ―――――なっ、なんだったんでしょうか!?レポーター、そこから見えましたか?
 ―――――あっ、バ、バイザーの交換をしていただけですが・・・・・・。
 絶句する周囲を他所にスタートの時間は迫る。ミゲルが取材料として称してその場にいた各国のレポーターや記者から、ちゃっかり見物料を徴収していた。
 波が引くようにメインストレート上から人が消える。前触れもなくフォーメーションラップが始まり牙を隠したマシン達が一周して戻って来る。最後尾のペースカーがピットロードに消え、4つ並んだ下の3つの赤で順に点灯していく。最後のグリーンが点く時を待たずにエンジンは咆哮を上げた。
 1コーナーの飛び込みは意地の張り合い。
 右に大きく切れるコースは急に狭くなり、通過するマシンをふるいに掛けるように通行整理をする。立ち上がりのパワーはプラントエンジンの方が上だ。モルゲンレーテエンジンに被るようにプラントミュージックが真っ先に駆け抜ける。
 ―――――先頭はヴェサリウス!ヴェサリウスのイザーク


 ミラーで後方を確認しなくても、プレッシャーを首の後にひしひしと感じることができる。キラだけではない、イザークの後に繋がる上位陣の気迫が一段となって赤いマシンを飲み込もうと口をあけている。
 体に直接伝わる振動がそのままエンジンからの波動のような気がして、ステアリングを握り、アクセルオン。コーナーを立ち上がり、縁石に乗り上げる寸前でまた腕に力を入れる。目の前に誰もいないレース運び。
 せっかくのデュエルも宝の持ち腐れだな。いや。
 追い上げるだけが一騎打ちではないということか。イザークはそうスタート前から突き刺さるプレッシャーを感じていた。獲物は追い込みしとめる方が楽しめるものだが、せっかくのリーダーなのだ、このまま誰にも明渡すつもりがないのも事実。
『あまり歓迎したくない展開だぜ、分かっているか』
5周が過ぎたところでディアッカが無線を入れてきた。
『調子は?』
「問題ない」
 正直、トップを走ることは作戦にはなかった。
 組みあがったばかりのデュエルは圧倒的に熟成期間がたりないのだ。だから負荷のかかるトップより、2番手、3番手のほうがありがたく、よりによって昨年度チャンピオンのキラに追いまわされる現状は残り46周も走ることを考えると問題であった。イザークとてまだこのマシンのくせを完全に掴んだわけではないのだ。
『秒差はかわらず、だ。熱くなるなよ』
「分かっているっ!」
 コントロールラインを追加。
 ブースに立つディアッカが軽く手を上げて見送るのを視界の片隅におさえて、大外からインを押さえる。シャーシーが変わったくらいで簡単に先頭を走り続けることができるほどレースは甘くない。イザークのミスを、ラインに開いた穴を虎視眈々と狙っている、そのプレッシャーを背中に感じて周回をこなす。先頭から4台まで、タイムは同じ 40秒台。こだまのようにエンジン音が続く。
 一回目のピットストップ後も順位の変動はなかった。
 読めない相手のラインを予想してラインをブロックするくらい誰でもやっている。
 自分が外したラインに乗せて来るキラのモルゲンレーテ・エンジンの唸り声にとっさにハンドルを切ってコースを塞ぐ。
 パワーに助けられているな。
 開幕よりヴェサリウス・プラントの心臓であったサウンド。それが、マシンの風切り音、ブレーキディスクが立てる悲鳴、タイヤが解けるゴムの匂いとコースに充満するオイル臭全てに馴染まない。
 その僅かな隙間は自分の腕なのか、投入されたばかりのニューマシンなのか。イザークはもう考えるのを止めていた。タイム差が広がらない。
『ピットストップだ』
『勝手な事を言うなよ、アスランっ!』
「次の周で入る」
『おいおいイザークも、何勝手に作戦変えてんだっ』
 分かる奴には分かると言うことか。ブースで突っ立ているアスランに分かるなら、ミラーに映る白と青のマシンのドライバーが分からないはずはない。イザークは気を抜けは即タイヤバリアに突き刺さるであろうマシンを力でねじ伏せた。


 一方、急に動き出したヴェサリウスのピットの情報をキラも無線で知らされていた。
「無駄だよ。一度ずれたリズムを取り戻すのは至難の業だ」
 知らず口元に笑みを浮かべ、目の前を走っていた赤いマシンがピットロードに消えたところで残りの周回のレースを組み立て始める。
 ―――――トラブルでしょうか? 2回目のピットストップにはちょっと早いですよ
 ―――――あータイヤ交換の準備をしています。


 強引に仕切りなおしをしてイザークはキラの後に入った。
 見えなくなったトップを追いかけるだけの周回。できるだけタイムを詰めて相手がピットストップした時に前に出られるように今は確実に差を縮めるに努める。
 5周した所で無線が飛び込んできた。
『モルゲン・オーブは1ストップです! イザーク』
 これで自力で追いつくしかなくなったわけで、ちょうど周回遅れをパスする面倒くささも重なって舌打ちする。その時にふと気づいた。
 視界のクリアさに。
 今までトップを走っていたから気づかなかった違い。スタート前に強引にアスランにバイザーを交換された時には気づかなかったそれ。
「アスラン! なんだこれはっ」
『これとはなんだ』
「とぼけるなっ!ヘルメットのバイザーだっ」
『今頃気づいたのか。よく見えただろ、超微細鏡面加工ポリマーだ。空気中の埃やゴミ、砂、飛散するオイル、ありとあらゆるものの付着を防ぐ樹脂だ。ピットストップの時、バイザーめくらなかっただろ?』
「貴ィ様ァ~ また余計な事をっ!」
口と手を起用に動かして、ついでにつま先も動かしてイザークはマシンを走らせる。原因が分かってしまえば対処の方法もある。35周以上走っているのだ、いい加減、そのなんとかポリマーの効果も切れかかってくる。
 次第にプラントミュージックがリズムに乗る。
 逆S字の出口にキラを確認する。
 何かを拾ったわけでもない。ほんの僅かに下るだけの、シケインから逆S字に繋がる緩やかなカーブで、ヴェサリウスの赤いマシンは半回転スピンする。ベクトルが左にシフトする浮遊感にすぐさまステアリングを切ってマシンの体制を立て直す。しかし、それは相手に絶対的余裕を与えるのに十分なロスで。
 ―――――ああ~ここでイザーク、痛恨のスピン。これはイタイ。
「くっそおぉぉぉ!」
 どこでミスった?
『イザークっ!?』
「うるさいっ」
 まだレースは終わっていないのだ。ここでアクセルを緩めるわけにはいかない。



 第6戦 イベリアGPX(ジブラルタル・サーキット)の決勝結果

 1 キラ・ヤマト(モルゲン・オーブ)
 2 イザーク・ジュール(ヴェサリウス・プラント)
 3 ムウ・ラ・フラガ(モルゲン・連合)
 4 ラウ・ル・クルーゼ(プラント)
 5 カナード・パルス(モルゲン・連合)
 6 アンドリュー・バルトフェルト(プラント)
 7 オルガ・サブナック(ブルーコスモス)
 8 クロト・ブエル(ブルーコスモス)

 終わってみれば、イザークは散々レースをひっぱった挙句、最後の最後でキラにレースを持っていかれた格好になっていた。怒りでイザークの銀の髪が揺れる。触らぬ神に祟りなしとばかりにヴェサリウスのクルーも近寄らない。アスランに到っては、レース後にイザークを一瞥したきり口を開かない。言いたい事が山ほどあるだろうに、妙に冷静な態度を取ってさっさと撤収作業を始めった。その態度がまた火に油を注ぐ。
 キラとのレースを褒め称える者、残念がって声を掛ける者も彼の機嫌の悪さにぎょっとして会話が続かない。レース後の健康診断で定められた検査を行っていた時だ、キラが漫然と声を掛けてきたのは。
「マシンに乗せられているってわけじゃないんだ」
「なんだと?」
「いいメカニックを抱えているね」
 はっきりと分かる程にイザークの表情が揺れた。
 目の前のチャンピオンが連合からオーブに移る時に、共にレースを戦った連合のクルーを根こそぎ引き連れて移籍したのはあまりに有名な話だった。彼の言う『いいメカニック』が誰のことを指すのかなんて聞き返すまでもない。
「うらやましいな」
「どこがだっ!」
今日の散々なレースを思い出して、イザークはキラに背を向けた。

話を書くときに、こう気分を乗せるために話のイメージに合う曲を聴きます。今回はレースものなのでビートの効いた曲を探しているのですが、いざとなるとなかなかない。終いにはT-SquareのTRUTHなんてかけちゃったり。ああ、名犬ラスティの出番がありません。次があったらほのぼのな話にしよう。