※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

宣戦布告





「大丈夫か?」

「ああ」



 ギルバートがイザーク戦死の報を受けたのは、レイの報告書に目を通している時だった。回廊をバタバタとうるさく走り抜ける音がして、乱暴に扉が開く音が遠くで聞こえた。ややあって現れたアデスの震える声が気になってしまって、肝心の事実についてはさほど衝撃はなかった。空気のようにパレスを管理する壮年の男にしては珍しい、抑揚を抑えられない声が耳について仕方がなかったのだ。

 その時は。

「イザークと共に私の同胞も消えたよ」

 ジワリと波が押し寄せてきたのは、随分と時間が経った後、日も暮れた夕暮れ時だった。東の空が紫に染まる、昼でも夜でもない幽鬼の時間。知人であり、研究所にいるはずのクルーゼが訪れたのだ。皇帝崩御から格段に増えた職務に忙殺され、中央や議会の役人達でさえ会うを憚られるほどの激務ぶりをこなしている最中。

 皆が口にした無念の言葉さえも覚えていなかったと言うのに。
 真実を知る彼に言われて始めて自覚できた。

 アレを死に追いやったのは私だ。

 ふらりとデスクから離れて、壁に掛けられていた肖像画の前に立つ。
 直視できなかった。

「ここでお前が死んで、どうするっ・・・」 

 弟のアスランを殺してから、自分が皇帝の座につくことはないだろうと思っていた。大儀の下に理を犯す自分にはその資格がない。弟を葬り、父を弑逆し、国を欺いて民を死に追いやっている。
 それでも良かったのだ。世に何と評されようと、帝国がこの地に残るのであれば。後はできの良い弟が治めてくれるだろうと、勝手な希望を抱いていた。だから、ここまで好き勝手にできたのかもしれない。

 だが。

 後を任せる者がいなくなってしまった。
 残されたのは、何も知らない末弟が一人。

 いつも泣き叫んでいるか、すやすやと眠っている姿が真っ先に浮かぶ弟。危険から遠ざけ、王宮に染み付いた企みや謀を隠して育てられた弟が自分の後を継ぐ。

 あの、シン、が。

 よく、真ん中の弟達の喧嘩の原因にもなっていた弟。

『笑った!?』

『僕を見て笑った! シンが笑った!』
『何をっ、今のは俺の方を見て笑ったんだ!?』

 泣きやんでややぼんやりしていたシンが、覗き込む二人を見てニコッと笑う。まだ幼い弟達はシンが眠る位置には背が届かなくて、ギルバードが二人を両手に抱えて持ち上げてやっと覗き込むことができた。日に日に大きくなる弟達に、そろそろ腕が疲れてきたと思えば、そんな自分を余所にギャーギャーと言い合いを始める。

『いい加減なことを言うな!』
『そっちこそっ!』



 庭に目をやればすっかり夜となった真っ暗な空間があるばかり。
 もう二度と戻らないもの。

 人とあまり親交を持たないギルバートにとって数少ない結びつきだった。それすらも次々に失って、一体、何を求めているのだろうと思う。帝国やそこに住まう民達にそこまでの想いがあるのだろうかと自問して見ても、答えは見つからない。

 言うなれば、それは義務のようなものかも知れない。
 父との約束、弟を犠牲にしてでも進むと決意した自分との約束のために生きているのかも知れなかった。

「結局、何もしてやれなかった」
「これからの会議で出陣を決めるのだろう?」
「それすらも利用するのだよ、私は」

 第2王子を失って、帝国として何もしないわけにはいかない。
 自分が感情に乏しい人間だと知っているつもりだった。だがしかし、こんなに悔しい思いをしたのも、自らに憤りを感じる自分を認識したのは初めてだった。

「殿下、召集のお時間でございます」

 表面上は平静を取り戻したアデスが、ギルバートに時間を告げにやって来る。





 雲海に消える夕日を追いかけるようにセイバートリィは西へと進んでいた。空に突き刺さった光の柱以降、両軍の睨みあいは距離を置き、半ば停戦した形となる。帝国の場合、弔い合戦を始めるには判断を仰がねばならない相手が帝都にいたし、連邦は連邦で切り札を失い、手持ちの艦隊でやりあうには分が悪すぎた。

 両国の緩衝地帯に多大な飛空艇と飛行戦艦の残骸の影が大地に長く伸びる。

 夕日は赤く、セイバートリィのコックピットも赤い光で染められていた。

 戦闘は止まったのか。
 戦争は終わったのか。
 帝国軍の旗艦はどうなったのか。
 乗っていたクルーはどうなったのか?

 誰もが答えるまでもない答えを胸に秘め、そして、答えの欲しい問いについては誰も口に出せないまま、無言のフライトが続く。ラクスが心配気にシンを見やり、ヨウランやヴィーノはコックピット内のただならぬ雰囲気に視線を漂わせる。

 ただ一人、雰囲気に飲まれなかったキラが凡庸にまず一つ目の問いを口にした。

「えっと、あのさ、どこに向かっているか分かる?」
「多分・・・」

 キラが幾分小声でヨウランに尋ね、一瞬びっくりしたヨウランが指で指したのは、連邦の玄関口に当たる町だった。かつて、街中で追跡劇を繰り広げ、シンが苦い別れを経験した町。

 ステラ・・・無事だろうか。
 元気ならばそれだけでいい、いつかまた会えるかもしれない。

 けれど、もう二度とそれが叶わない人がいる。

 巡航速度のコックピッドで拳を握り締めた。
 赤い瞳をさらに赤く染めて、キッと操縦する空賊を睨みつける。短く息を吸って、その挙動を周囲が見守る中、ようやく口を開いた。

「どういうことだよ」

 返事はなく、ミーアの長い耳が少し揺れた。
 飛空艇のエンジン音と風を切る音だけが続く。

「アンタ、何者なんだって聞いてるんだっ!!」

 声と同時にパイロットシートが激しく揺れた。シンが思いっきり蹴ったのだ。ラクスやヨウラン達、キラまでも驚いた。殴りかかりそうな勢いのシンを、静かに立ち上がって振り向いたアレックスが、その瞳を射た。

 まただ。

 知らない人のようだと、シンは思った。
 散々馬鹿にされた空賊でも、幼い頃慕っていた兄でもない。
 夕日を映しこんだ瞳はエメラルドグリーンよりもずっと薄いイエローグリーンをしている。

「答えろよっ!」
「既に言ったはずだ」
「何だよ、それ! 自分の事、アスランだって言ったくせに! 」

「説明しろよ! アンタがッ アッ、アスランだって?!」

 おろおろと視線を泳がせるのは、アレックスと同じ空賊でこの飛空艇のクルーであるヨウランとヴィーノ。

「じゃあ、アレックスってのは何だよっ。なんで今頃っ!」

 顔を歪ませるアレックスに畳み掛けるシン。

「兄上があんな事になったのにっ!?」

 今でも信じられない。信じられるわけがない。
 あの兄が戦死してしまったなど。
 油断すると、ヴォルテールが光と消えたあの瞬間が浮かぶ。目の前の空賊が言うとおり本当に「アスラン」なら、彼にとってもイザークは兄に当たるはずだ。それなのに、動揺しているのが自分だけに思えた、が。

 シンはアレックスの表情に揺れを見つけた。
 視線を逸らし、苦汁の眼差しが床に落ちる。

「ああ、そうさ! 俺の本当の名前はアスランで、ずっと名を偽ってきたんだっ!」
「なんでっ、どうしてっ!!」

 唯一この悲しみを共有できる相手なのに、とてもそれ所じゃない。こんな心境では静かに祈りを捧げることもできやしない。シンは本当にどうしたらいいのか分からなかった。

 いつものように半人前扱いして、軽口を叩いてくれてもいい。自分の至らなさを責めてくれてもよかった。それなのに目の前の彼はシンを突き放す。

「お前には関係ないっ!」
「んなわけあるかーーーっ!!」

 勝手に手が動いた。
 そんなのって、ない。
 拳に衝撃が、腕を伝って痛みを感じた。

 殴ってしまった。
 アレックスは大人しく殴られてしまった。

 止める者は居らず、ディアッカは完全に傍観者であり、キラが肩を竦めて零す。

「いい歳して兄弟喧嘩で怒鳴り合いに殴り合いなんて、子供だね」

 手の甲で口の端を拭ってアレックスがシンを見つめる。
 シンの鼓動は早く指の先が震えたままだった。何かとんでもないことをしてしまって、でも、どうすることもできなくて、息が上手く吸えない。

「お前の言うアスランとは何者だっ! プラント帝国の王子のことか」

 目の前の男が吐き捨てるように言う。

「・・・っ!」

 分かっているのに、それを突きつけないで欲しかった。アスランか?と聞いておきながら、肯定を期待しながら、頭では分かっているのだ。あの盛大な葬儀、設えた墓所、全てがもう過去の事。今更、死人は生き返らない。

 シンはこの場にいられなくて、扉に激突しそうな程の勢いでコックピットを出て行った。

「・・・お、おい、シン!?」

 追いかけるヨウランとヴィーノが出て行ったコックピットのドアが閉まると、さっきまでの怒鳴り合いが嘘のように、急激に静けさが襲う。

「殴られたのは逆効果だぜ、殿下」
「その名で呼ぶな」

 ディアッカに間髪入れずにアスランが言う。 

「はいはい。申し訳ない。でもさ、自分の気が済めばいいってもんじゃないだろ」

 本人ですらまずかったと思っているのだろう。沈黙が降りる。
 急に沈痛な空気に支配されて、ラクスがもう一人の当事者を気遣った。

「シンが心配ですわ。お兄様を亡くされて、その上・・・」

 そう、殴ってしまったシンはここから出て行ってしまったのだ。

「・・・分かっているんだ、ディアッカ。俺が悪い」

 口を閉ざした自虐に陥るアスランを見て、ミーアがディアッカを見た。その視線は無言の圧力となって彼を促した。

「あー、俺な訳ね。ったく、兄弟揃って人使い荒すぎだってーの」

 ディアッカがシンを探しにコックピットを出て行くとまた一段と静かになった。残されたのは空賊二人とラクスにキラ。

「まさか君まで帝国の王子だったとはね。ホント、びっくり」

「本当なのですか?」

 ずっと口に出せなかったのは彼女も同じだった。
 幼い頃交わした約束の相手。
 あの夜よりずっと冷静に口にしている自分がラクスには不思議だった。

「アスラン・ザラ・プラントは死んだんだ。ここにいるのはただのアスランで、君の婚約者だった男じゃないよ」

 その言葉を再び聞いても、もう激情にかられることはなかった。
 どこかでちゃんと分かっているのかも知れない。
 もう彼と人生が交わることはない。
 彼に寄せた想いは確かに今までの自分の中にあって、これからも消えるものではない。でも今はもっと周りのものが良く見えるようになっていた。自由に生きる空賊やアプリルのことだけじゃない、自分の回りにある出来事、物、そして、人。

「そうですわね。アスランはアスランですわ。ですからわたくしも、貴方の友人ですわ」

「・・・ありがとう」

 途端に流れる優しい空気に、顔を顰めるものが一人。

「そういう会話、やめてよね。そう思わない、ミーアさん?」
「あら、焼きもち?」

 ミーアが笑い、ラクスが微笑む。
 キラが肩の力を抜いて、アスランに歩み寄った。

「いつまでしけた顔してんのさ。僕、お腹すいたんだよね」
「そうよ、アスラン。ねえ、『真の敵』って何かしら?」

 心なし怖い二人に詰め寄られて、アスランは逃げ場のないパイロット席のシートに更に体を押し付けた。




 シンはコックピットを飛び出した後、カーゴスペースに逃げ込んだ。小さな窓から茜色の空が差し込んでいる。遅れてヨウランとヴィーノがやって来て、数歩近づく。シンはそこから逃げるようなことはせず、二人の息が収まるのを待った。

「俺さ、3人兄上いたけど・・・上の2人の兄上達とは殆ど口も聞かなくて・・・いつも忙しそうだったし、ずっと雲の上のような存在だったんだ」

 父も兄も皆優しかったけれど、本当の事を言った事はなかった。元老院との対立、アスランの死、イザークのアプリル行きも、いつも事実だけを聞かされた。

 物心ついた時には、兄達はもう傍にいなかった。
 政務に忙しい兄と、学問の道を進む兄、そして機械技術にのめり込む兄の3人はそれぞれ自分の道を進んでいるように見えた。すぐ上の兄とは4つも離れていたし、最初の頃はそれ程気にも留めなかったのだが、言われるままに勉強し、剣の指導を受けるうちに、なんとなく感じることができた。

 俺って兄上達に必要とされていないかも。
 特に優れた分野も興味のあることもなく、いつか、俺が帝国の役に立つことがあるのか?

 その証拠に、俺はずっと1人じゃないか。

 時たま訪ねてくる3番目の兄が、こっそり王宮を連れ出してくれることが、シンにとっては唯一の繋がりのようなものだった。下の弟達の行動に目を光らせ、振り回されていた兄二人のことなどシンは知らないから、そう思ってしまったのも仕方がなかった。

 懇意にしていた兄が死んで、学問を修めると思っていた兄が政務を担うようになると、シンはますます寂しさを感じた。広い帝都の中央で1人になってしまったのだ。そして、二人の兄のうち1人が遠く離れたアプリルへと行く。家族がどんどんバラバラになっていく気がした。

 そんな時に出会った空賊。

「ずっと兄貴だったらいいなって思っていたんだ」

 二人は黙って聞いている。だから、これはシンの独り言のようなものだった。

「似てた。顔とか仕草とか。違うって所もあったけど、でもやっぱりどこかで期待してたんだな。嬉しかったんだ・・・」

 ラクスに見えていた兄の幻影が自分にも見えていたのが何よりの証拠。無意識のうちに求めていたのか、帝国の王宮で1人仲間外れにされる疎外感も手伝って、彼に兄を感じていた。

「でも、なんだか遠くなった気がする」

 空賊とその見習いより、兄弟の方がずっと近い関係なのに、今のシンには彼が遠く感じられた。シンの事は最初から知っていたのだ、知っていてずっと空賊を名乗っていた。シンの苦しみや葛藤もどこか人事のように接していた。親近感を感じていたのは自分だけだったのだ。

「あの人、殴っちゃったし」

 裏切られたと思ったのと同時に、自分ばかり期待していて恥ずかしかった。

 殴った本人の方が殴られたアスランより堪えていて、激情に任せて手を出すとは、何て子供だろう、と今では思う。しかし、ヴィーノが一歩近づいた。

「それに関しては俺、シンは悪くないと思うぜ」
「兄弟なら、関係なくないじゃん」

 ヨウランもシンに言う。
 兄弟のこと、心配に思うのは無理ないじゃないか。まして生死にかかわることなんだから、俺は間違ってない、そうだよな。

「あれであの人結構子供っぽいしさ」
「だからシンが謝る必要ないぜ。殴られて当然ってゆーか」

 俺って、意外と現金かも・・・と、少し気持ちが軽くなったシンは思う。

「俺もそう思うね」

「ディアッカ!」

 姿を現したのは、帝国のフェイスマスター。黒いマントが床につくかつかないかの位置で揺れ、ガチャリと鎧が特徴的な音を立てる。軽く笑って、シンの横を通り過ぎて、窓から紫色の空を見た。

「お前ら良く似ているよ。馬鹿だぜ、お前も」

 どっちも自己嫌悪に陥っている。ディアッカから見れば、シンもアスランも手のかかる弟のようなものだ。イザークのそばに居た事で散々二人の話はおろか面倒につき合わされてきてもいる。

「・・・アスランも・・・あいつも」

 シンは息を呑んだ。
 死んだと思っていた兄と再会できたことを喜べない、現実が目の前にある。
 蘇るのは、ヴォルテールの艦橋での再会と、青白い光の柱に包まれる旗艦。
 艦橋へ向かう軍人達と去る自分がいた。

「俺っ、兄上を置きーーー」
「シン」

 語気が強いディアッカの横顔を見て、シンは口をつぐんだ。
 俺は今、なんて言おうとした?

「あっ、俺」

 兄が決めたことだ。アスランと何かを話し、父上から賜った剣を渡して旗艦に残った。自分が置き去りにしたから、先に逃げたから、死んだわけではない。それを自分のせいにするのは失礼だ。分かっているけれど、もし自分があの時・・・と考えは止まらない。

 アプリリウスと言う帝都から離れた新しい土地で兄を驚かすだけのはずが、ようやくの再会は一生の別れになった。

「なんつーか、まあ、ありのままを受け入れるしかない」

 小さな丸窓にカーゴキャビンの光を反射したディアッカが映っていた。あんな風に静かに、兄の死を受け入れられるとは思えない。きっと、俺はいつだって思い出すだろう。あの時、もし俺が・・・と。

「後悔することは悪いことじゃないさ。けどな、やることがあるだろ? 殿下」

 ・・・そうだ。
 俺はプラントの皇子だから、ディアッカがここにいる。俺が帝国にとって必要だから、あの兄上がそう思ったから、俺はフェイスマスターのディアッカに連れ出されたんだ。

「少しは俺、王子らしいことできてるかな」
「まだまだこれからだろ」

 そう、だよな。
 悔しいがそのとおりだ。ヨウランもヴィーノもプッと笑っている。

「アイツのようになりたいって思うなよ、そんなの誰にも無理なんだからな、殿下にも、勿論アスランにも。・・・どうせなら超える気で頼む」

 にやりと笑うフェイス。
 言いたい事は分かる。俺だってそれに答えたいと思う。

「分かってるよ」

 シンにはそう強がるのが精一杯だった。ヴィーノやヨウランが「どうだか」と茶々と入れれば、急に身体が軽くなった気がした。それは気のせいではなくて、セイバートリィが高度を下げ始めたからだった。

 地表に見えた明かりがどんどん近くなり、カーゴに飛空艇から降りると告げに来たアレックス、いや、アスランについて町へと入った。





 宿屋の部屋でも二人は目を合わせようとせずに奇妙にすれ違っていたが、だからと言っていつまでも付き合ってやるほど皆はお人よしではなかった。

「コーディネータ・・・何でしょうか」
「あの白い変な奴を指して言っている様に聞こえたわ」

 一際耳のいい(当たり前だ)ミーアが、イザークの呟きを捕らえていて、口火を切ることになった。アスランがイザークとの会話を暴露させられてから、一行は情報をまとめ今後の方針を練ることになったのだ。元はといえばラクスの演説後、両国の話し合いを見届ける為に戦場に乗り込んだはいいが、戦闘は起こり、悲劇は起きた。

 連邦の飛行戦艦で目撃したモノ、帝国の旗艦でのできごとを分析する。とにかく、イザーク残した「真の敵」という言葉が引っかかっていた。

「そして『ロドニアの遺跡へ行け』か・・・」
「ロドニアの研究所にあった種石がもともとあった場所だろうな、おそらく」
「そこへ行けば真の敵が分かる、と言うわけでしょうか」

 プラント帝国でもない。ましてコスモス連邦でもない、本当の敵。

「おそらくそれがコーディネータだ」

 暫く考え込んでいたアスランがおもむろに呟いた。目を閉じたまま、何かを思い出すように。

「確かにそうかもしれないけどさ、断定は禁物だぜ?」
「会ったことがある。昔」

 最初に白羽の矢を立てられた人間。
 夜光の種石を持ち出して、帝国瓦解へと導こうとした。

「今の帝国はおかしいと話しかけてきて、種石へと案内されたんだ。それがきっかけで、俺は色々調べまわることになって・・・人工種石の事を知ったんだ。その時、一瞬だけど、あんな白いローブを纏ったクルーゼ殿を見た」

「そして7年前のユニウス領消滅か」

 思えば最初から、何者かが、執拗に何かを為そうとしている。
 シンが感じているこの世界のおかしさも、ラクスが感じた自分を利用しようとする存在も全てが繋がっていく。

「ロドニアの遺跡に行くしかありませんわ。全てはそれからです」
「そうと決まれば今日は休んで明日からに備えましょ?」

 早速、宿屋の主人を呼んで、キラが食事を山のように注文した。一人で張り切って食べる以外は、早々に切り上げて、各自が休みを取る。しかし、シンは今だに気持ちが集中しなくて中々眠れなかった。眠ろうにも頭の中に今までのことが幾つも蘇り、両手両足が熱を持って寝るどころじゃなかった。

「何だよ・・・俺ばっかり・・・」

 起き上がって窓から星を見上げる。
 冷えた空気が、火照った体に心地よかった。暫くぼんやりしていると、低い話し声が聞こえる。ああ、前にもこんなことがあったと思い出した。あの時はラクスの呟きだったが、今度はずっと低い男の声、その声を知らないはずもなかった。





「それがイザークから受け取った剣か」
「ああ、父上がイザークのために仕立てた剣さ」

 月明かりに反射する剣は柄と刃の間に青とも緑とも言える石がはめ込まれ、刀身そのものは月の光を透している。ただの剣ではないことは明白だった。

「・・・帝国に戻るのか?」
「戻れるわけないだろ。公式に俺は死んでるし、出て行ったら大変だよ、それにそのつもりもない」

 昼間は食事をする外のテーブルから少し離れた所に水路があって、そこにかかる橋の近くに男が二人いた。

「けど、アイツはそれをお前に託した」
「帝国を頼むってことじゃないと思う。もっと違う事だったんだ、兄上達はもっと違うものと戦っていた。ディアッカは知っていたのか? コーディネータのこと」
「いや、恥ずかしながら全然」

 今は鎧を脱ぎ軽装でアスランと並んでいるディアッカが肩を竦めるが、その仕草は幾分力ない。

「フェイスマスターがそんなで大丈夫なのか?」
「何かを必死になって探っているのは知っていたんだけどな、まさか、人知の及ばぬ敵だとはね、予想外」

 種石を与える彼らの目的はなんなのか。なぜ、ギルバートやイザークが彼らを敵と定め戦っているのか。シンやアスラン達はその答えを掴みかけている。

「俺もどうするか決めないとな」

 英雄なんて柄じゃない。
 イザークだってそう思っているさ。

「俺としては、フェイスとしての職務を全うして欲しいんだが」
「それは命令か?」
「ただの願望さ」

 どいつもこいつも素直じゃない。
 本当に、帝国の馬鹿兄弟は身内の心配をすることを恥だとでも思っているのかね。

「第2王子を失ったんだ、帝国は黙っちゃない。連邦だって先に動いたんだ、後に引けないだろ」

「帝国は報復に動きますよ。ギルバート殿下の出陣と共に宣戦布告です」

 声と同時にジャリ・・・と砂を踏む音がする。暗がりから出てきたのはまだ若い青年だったが、二人ともその不審人物を良く知っていた。

「ニコル」
「久しぶりですね、ディアッカ」
「ほんとにな」

 ニコルがアスランの手にした剣に目を留め、ディアッカの隣まで来て手にしたものを持ち上げる。月光に鈍く光るのは酒瓶だった。

「悲しい時はちゃんと発散させないとだめですよ?」

 眉を寄せるアスランが心外そうな顔をしたが、ニコルには通用しなかった。強がりを見抜かれて腕を引っ張られている。自分で歩き出した奴に気づいてニコルが投げかけた。

「あなたもね」






 翌日、薄く雲が覆っていた空も、町が動き出す頃になると次第に晴れていった。セイバートリィの傍でニコルが地図を広げてある場所を指していた。シンはどうしてここにいるのかとか、また会った理由を一々考えることはしなくなった。
 ディアッカと入れ替わりに現れたニコルが、アスランとどういう関係なのか否応なく分かったし、それは昨夜、微かに聞こえた会話からも知っていた。

 アレックスは、アスラン・ザラ・プラントで、俺の兄貴だった。
 嘘をついていたことを許したわけじゃない。
 早々許してやるもんか。

「おそらく、この辺りがロドニアの遺跡です」

 けど、これとそれは話は別だ。
 だって、これはイザーク兄上の遺言だから。託されたのはあの人かもしれないけど、だからって、知らん振りするものか。

 俺だって真の敵を知りたい、何かしたいと願うのは俺。
 俺のできることで、この人を超えたいと願うのは俺なんだ。

 シンは装備を確認しながら、森の奥にある遺跡へと向かう。パーティの役割は前と同じだったけれど、アスランの手にはいつもの銃ではなく剣が握られていた。

「何だ、剣も扱えるんじゃない」
「悪かったな」

 キラとアスランの掛け合いにも変化はない。心配そうに見つめるラクスの視線も同じ、ミーアを振り向けばニコッと微笑まれた。

「気になる?」
「誰がっ!」

「アタシは心配だわ。どこかでボロが出ないか・・・その時はシンがちゃんとフォローするのよ?」
「何で、俺が!!」
「だって、アスランの弟子でしょ? 師匠の不始末をつけるのは弟子の役目だわ」

 ミーアは呑気に話しているが、その間も襲ってくる野生の猛獣達相手に矢を放ち、時折回復魔法を皆に施している。平然とアスランと口に乗せたけれど、顔は笑っていなかった。その視線の先には、剣を持つ彼がいる。

「お願いよ?」

 俺ばっかり!
 今頃になって、あれこれ押し付けるなよ!
 シンはヤケクソ気味に樹の間から降りてきた巨大な蛇を輪切りにした。

 その後、順調に森を進み、シン達は昼過ぎには伽藍とした遺跡にたどり着いた。鬱蒼した森に隠されるようにあった遺跡の入り口は蔦に覆われていて、ようやくなかに入り込んだそこは、中にあったものが根こそぎ奪い去られた巨大な空洞だった。

「ここが、遺跡!?」
「ここから研究所に運びましたのね・・・」

 まず駆け出したシンを追って、ラクスが歩き出す。王墓や覇王の剣が安置してあった遺跡と雰囲気的には変わらない。

「奥に扉があるわ」

 空間の向こうに行くのにも苦労する。何せ大きなすり鉢のそこを縁縁歩くのだ。後半は結構な昇りで、ぜーぜー息を付きながら辿り着いた扉の前に立つ。彫られているのはそれは古い古い文字で、読めるものはいない。

「ミーア?」
「古い言葉だわ。言霊も消えうせてしまっている」

「見たことがある形だな」
「王墓にある紋章と同じですわ、グレン王と何かかかわりがあるのでしょう」

「向こうに行けなきゃ意味ないじゃん」

 シンはガンガンと扉を叩いた。・・・つもりだった。
 あっ、え!?

「シン!?」

 扉が消えうせ勢い余って床に倒れこみ、懐から転がり出たのは種石だった。

「光ってる・・・」

「何この部屋!?」

 キラの驚き声に、シンは身体を起こして壁を見上げた。四方の壁には細かい字がびっしりと刻まれている。それがただの模様に見えなかったのは、整然とはいいがたい並び、大きさに、所々斜めになり、殴り書きしたような後が見えたからだ。

「すごいシードだな」
「ここは・・・」

 部屋にはシードが溢れていた。
 やがて渦巻き、部屋の中心に集まって、緩やかな人の輪郭を描いた。

『・・・真実を求める者よ・・・』

 実体を持たぬそれが、話しかける。

『・・・歴史の消滅と共に生まれる種石の真実を知るがいい。ここにあるのは、かつて我が歴史と共にあった、彼らの歴史だ』

 語りだす幻影と、壁の文字が光に浮き上がる。読めなくても、幻が読んでくれていた。
 グレン王と覇を競った、大国を。蒼穹の門より飛来した存在と戦い続け、そして破れた彼らの歴史。誰もが言葉にならない驚きを上げるが、真実の前に感想は無意味だった。これが真実でなくしてなんであろう。

 グレン王が覇業に用いた種石と、現在残されているものは別物であった。敵国を滅ぼすために種石は失われ、そして、彼らの刻んだ時と引き換えに新たな種石が生まれた。暁、陽光、黄昏、夜光の種石は彼らの歴史が消滅した際にバランスを保つ為にその負荷を閉じ込めたもの。

『我が友、我が戦友、彼らの国の歴史を記しておく。 ジョージ・グレン』

 最後の署名を聞くにつれ、ラクスが膝を折る。

「これが種石の力の元」
「コーディネーターって!?」

「あいつらのことだな」

 種石を与え、歴史を導くもの。連邦の飛行戦艦で、ヴォルテールで見たあの白い存在を覇王は調停者と呼び、イザークはコーディネータと呼んだ。

「こんな奴らが、俺たちの敵!?」

 こんな、歴史を覆すような、あっさり国一つを丸ごと消してしまうような連中が!
 シンは背筋がつうぅと寒くなるのを感じる。

「でも、倒せない敵じゃない」

 アスランが呟く。
 そうさ、奴らの1人はイザークが道連れにした。それをシンだって見ていた。

「問題は蒼穹の門がどこにあるか・・・」

 言い終わらぬ内に、幻が天井を指差した。人の輪郭が今度は階段へと形を変える。

「これは・・・登れってことか!?」
「思いっきり天井行き止まりだけどね」

 なぜだろう。シンは戸惑ってはいけない気がした。
 この先、何があろうと、立ち止まってはいけない様な。

「当たり前だろっ!」

 シンがシードで形作られた階段に足をかけた時、小さな部屋の景色が一変した。崩れていく壁、分解していく覇王の文字が、螺旋を描いて、方々に散る。

 足元には10人は横に並べそうな石造りの階段。
 側面をさえぎるものは何もなく、青空が開けていた。




 忌々しいほどの晴天、雲一つない。
 その日、彼は肩から黒いタイを掛けていた。
 それを言うなら、いつにもまして全体的に黒の装いだった。彼の貴色が黒であるからだが、民の誰もがその理由を知っていた。帝都は悲しみと怒りに満ち溢れていた。王都にまた一つ掲げられた黒い垂れ幕。宮殿前広場を埋め尽くす帝国軍人と、帝都に溢れる民が飛行戦艦の音に空を仰ぐ。

 帝国の平和と繁栄の為に、この戦いが最後となることを。

 イザークのものとはまた違う剣が前方、彼方を指し示す。そう遠くない前、弟が艦隊を見送った場所で、ギルバート・デュランダル・プラントは背後に艦隊の轟音を聞く。西に向けて大艦隊が進軍し、俄かに吹き上がる風に彼の黒髪が舞った。




「帝国で大規模艦隊が動きます。情報によれば第1軍の姿も確認されています」
「あんな男でも弟は可愛かったと見える」

 アズラエルは報告を聞いて口にした。帝国の第1王子といえば、喰えない男と言うのが第一印象で、継承争いで弟を蹴落とした非情さで有名だったのだが。戦で他国に奪われるのとはまた違うらしい。

「さて、どうしたものですかね」

 始めてしまった戦争程、終わらせるものが難しいものはない。今度は何を犠牲にすれば収められるのか、アズラエルは脳裏にリストアップする。

「開戦したも同然ですし、奴らがどう出るか・・・」

 ジブリールが死んでからと言うもの、種石をチラつかせて世直しを叫ぶ存在がいなくなった。帝国旗艦撃沈の異常さから、何事かが起こったことは予想がつく。

「感謝すべきなのか、それとも、シナリオ通りなのか気になりますねぇ」





開戦まで来ました。今回は、本当に苦労しました。どこまで書いていいものやら、どれだけコンパクトに纏めるかが難しい・・・。