包囲


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父さん、僕はペッチャタコタンに戻ってきました。
これほど早く戻ることになろうとは思いませんでした。
そして、こんなときに戻ることになろうとは。
コタンが包囲されているのです。

僕は今、コタンの北にある丘陵地帯に隠れています。
川越近くの例の洞窟からここまでの道のりは、
拍子抜けするほどあっけなく終わりました。
あるいは芦尾どのは僕らを捨て置くことにしたのでしょうか。

コタンの南は河。
東側は比較的平坦な土地が広がっています。
北は僕らが隠れる丘陵地帯があり、なかなかに道は険しく、
この土地のものでもない限りなかなか進むのは困難です。
西には谷があり、狭い谷あいの道のほかは、移動は困難です。

コタン北東にはお奉行率いる兵がおよそ200人おり、
南東には野田彦左衛門という武士が率いる兵がおよそ100。
問題は西の谷あいの道で、
ここにあの侍、瀬戸総十郎とその門人が陣取っています。
そしてまた、芦尾忠保どのとその弟子が二人、
総十郎と彼の門人の背後にいるのだそうです。
瀬戸は、玄武流兵法という流儀の兵法者で、門人が20人ほど。
川越奉行・澤田兼久の非公式の用心棒であり、
兵法指南役でもあるそうです。
東側に兵がいるのはともかく、西側は困ります
(東は主力ですから、これもやはり困るのですが・・・)。
狭い谷あいのため、
少数の腕利きでもどうにか抑えられてしまうからです。
相手も相手ですしね。
河を使ってあそこにたどり着いたのか、あるいは、
芦尾どのの術でしょうか・・・。

こうした情報を集めるのに、ねず吉が役立ってくれました。
チュプライ党の隠密も、よく働いています。
しかし、コタン側は非常に困ったことになりました。
半ば袋のねずみ状態です。
コタンの兵力はどれだけかき集めても100に満たないと思います・・・。
援軍が来たとしても、300が相手では苦しいでしょう。
コタンは砦ではないのですし・・・。
長老の力がどれだけ強いのか分かりませんが、
芦尾どのには勝算があるようです。

川越とペッチャタコタンの間には、
これまで大きな摩擦はありませんでした。
だからこそ、長老もあえて戦を避けようとしていたのです
(川越側が、長老の力を恐れていたということもあるのでしょうが)。
しかし、川越側の意図は違うようです。
彼らは迅速に行動を起こしました。
川越奉行が不穏な動きを見せていることは、
チュプライ党もつかんでいたようなのですが、
ここまで思い切った行動に出るとは予測できなかったようです。
芦尾どのの言っていた「例のもの」が、
この決断に至らしめるきっかけとなったのでしょうか。
その結果が、これです。

チュプライ党の援軍が向かっているそうなのですが、
果たして間に合うか。
ペッチャタコタンの西にも、集落があるそうですが、
遠いだけでなく、シサムに刃向うことをためらっているようです。
チュプライ党の隠密がそこでも工作を行い、
どうにか援軍を出させようとしているようですが・・・。

もはや打つ手はないのでしょうか。
コタンが火の海になるところは、見たくありません・・・。
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