長老の話


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父さん・・・。
狩りは散々でした。
あやうく死にかけました。
だからあのことはもう思い出したくないわけで・・・。

狩りのあとペッチャタコタンの長老に会いました。
すごく雰囲気のある老人で、精霊と自由に話せるんだそうです。
この辺境の地にも、かつては古代漢帝国の力が及んでいたらしいです。
しかし、帝国はこの地にはさほど注意を払わなかったし、
当時はいろいろあってその余裕もなかったそうです。
だから漢帝国の人々はいくつか街を作った程度で、コタンの人々の先祖は、
彼らとはさほど交わらなかったらしいです。
(実際には、かなりの数の遺跡があるようなのですが・・・このへんは謎が多いですね)
しかし、一人の道士が、ペッチャタコタンにやってきたことがあるそうです。
「アイヌモシリ(人間の土地の意、「天下」のことです)を守るために、力を貸して欲しい」
そう言ってコタンの先祖に助力を求め、
外界から悪しきカムイがやってくるのを防ぐ結界を張ったそうなんです。
その人はお礼に精霊と話すわざをペッチャタコタンにつたえました。
だからコタンは今でも、夏の洪水に苦しむことはないのだそうです。
(昨年の夏、河辺の開拓村がひどい洪水の被害にあったらしいですが、
そのときもコタンは平気だったそうです。)

結界を張りに来た道士の話は、大変興味深いですね。
僕も陰陽の道を学んでいますが、そのような伝説については聞いたことがあるんです。
古代漢帝国時代に、外界と漢(当時は今の日出も領土)とを隔てる結界が張られたというのは、
陰陽師や僧の間では定説となりつつあります(異論もありますが)。
しかし、似たような伝説がこんな辺境の地にもあるんですね。
長老が言う以上に、漢はこの地に影響力を持っていたのかもしれません。

漢の人々のことも話にのぼりました。
古代漢帝国の人々は、長老の先祖とあまり交流はなかったものの、互いを侵すことなく、
平和にやっていたのだそうです。
その話になったとき、長老は言いました。
「なぜシサム(日出人)もそのようにしてくれぬのか」
僕は考えさせられました。
長老の同胞の多くが、僕の同胞によって辛い目にあっているのです。
妻を奪われた挙句に殺された男の話を聞きました。
酒屋で殴られている彼らの同胞を見かけたこともあります。

しかし、開拓村が彼らの同胞によって襲われているというのも事実です。
ここペッチャタコタンには、過激な人々は少ないようです。
長老の指導力と、精霊と話す力の強さが、コタンを守っていて、平和だからでしょう。
しかし、このままシサム(日出人)とアイヌ(長老の同胞、「人」という意味)の間の憎悪がつのれば、
その平和も崩れ去ってしまうかもしれません。

長老とはかなり腹を割って話しました。
彼は「おぬしはよきオノコじゃ」と言ってくれました。
これほどの喜びがあるでしょうか?
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